月別アーカイブ: 2016年7月

ロマンとソロバン

ロマンとソロバン。これは先日teracoに来ていただいた方から聞いた言葉です。

最近、今までとこれからのteracoについて、アウトプットする機会がありました。

そのアウトプットは結果的には公的に受け入れられなかったのですが

そのときに考えたことがいっぱいありましたので

久しぶりにblogにつづります。

原稿を書くにあたり何年か前にしたプレゼンの原稿もひっぱしだしてきました。

ここに。わたしの原点が。

 

【お互いに交流ができたり、この場所にいることによってまた他のどこかに縁ができたり、出店者の活動がうまく循環するような、そういう場所でもあってほしいというのもありました。

決してここに縛られることない、自由な独立型というのもシネマルシェの特徴かな、と思っています。

個人的には想いを持った、インディペンデントな活動を応援していくこと。そしてしっかり縁をつないでいくこと。そういうことが今とても大切だと思っていて、そういう面でもシネマルシェっておもしろいな、って思っています。】

某企画に携わっていたときのものです。

わたしの根底にはこういう想いがいつもあります。

そういう想いをふつふつと持っていたわたしが今teracoや、その周辺について思うことなど、全文は難しいので今回文章から抜粋。文章はうまくつながっていませんが。

【イベントやものごとを作るほうもそうですが、参加するほうも、目的意識を持ったひとが集まること。

目的とは、特に高尚なものでなくてもいいのですが

これやりたい!のやりたい度に忠実であるとか、楽しみたい!に全力であるとかでいいのです。

ただ、なんとなくやることや、お金のためだけにするこというのは、成果を出せなかったりすると、続かないということもよくあります。本当にやりたいことだからこそ、自分のこととして関わることができます。与えてもらうことを待つより、参加することのほうがずっとワクワクします。

利用するかたが気づいてくれたらいいな、と常々考えています。

最近は、いろいろなところでつながる、だとか、コミュニティづくりという言葉が聞こえてきますが、コミュニティごとに孤立しているイメージがあります。

わたしが思うコミュニティとは、もともとそこにあるもの、できてくるもの。

コミュニティづくりは、ときに誰かを傷つけることもあります。
コミュニティという名の縛りあいもあるのではないでしょうか。

SNSの時代ですが、ネットの向こう側には人がいます。

使えるツールとしてSNSを利用する前に顔のみえる関係性をつくることについても、多くのかたが気付き始めています。

ネット社会を、より正直に効果的に使えるためにも、アナログでつながることは非常に重要だと考えます。

宝塚自体、最近はいろんなイベントもありますが、まだ他の地域に比べたら手付かずの感想を持つ人が多いです。個人で活動するかたがリアルに日々努力を重ねているお店もたくさんあります。

ですが、まだ点と点でしかなく、効果的に連携できるように、公平な目線でみられる立場の場所が求められていると感じます。

teracoはリノベーションをしました。そのときの若い大工さんと、時折時入るアドバイザー的な古い職人さん。このやりとりが非常に興味深く、素直に話を聞ける若者、そして惜しみなく与える先輩。

そんな関係性があればいいなと思います。

世代間での交流の難しさを知るとともに、心が通じた時のうれしさは言葉になりません。

年長のかたとの関わりを避けることなく、積極的に関わっていくことで得られることがあります。

子育てに関しても同じです。おはよう、こんにちは、とただそこにいるだけで、心がほぐれるのは、別に親しい人との会話だけではありません。】

 

なにをやるにしても、それをやりたいきもちの向こう側になにがあるのか。

懲りずにロマンとそろばんの絶妙なバランスを目指します。

そして今回、文章のチェックや、その他、たくさんの方が声をかけたらすぐ動いていただいたこと。
これに勝ることはありませんでした。

 

 

 

 

 

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